性的いやがらせの意で、英語ではsexual harassmentと書きます。セクハラという言葉が示す範囲は非常に広いのですが、労働法的に問題となるのは意に反する性的な違法行為で、とくに職場においては地位を利用した不平等な男女関係によっておこるとされています。一般的には上司が部下に対して行うセクハラが多いのですが、中には正社員がパートタイマーなどの非正規社員に対して行うものもあります。
セクハラは、おもに職場で労働者がいやがるような性的な言葉を上司や同僚 ( 取引先の社員や顧客も含まれる ) が言ったり、性的な行動をすることをいい、労働者に対する重大な人権侵害となります。同性どうしのセクハラもあり、賃金などの労働条件が低く、職場で立場の弱いパート主婦は泣き寝入りする可能性が高くなるので注意が必要です。とくに有期労働契約で雇用されているパート主婦は契約の更新時期がせまってくると、上司からのセクハラ被害を堂々と訴えるのは非常に困難です。ちなみに職場とは、普段仕事をする場所や取引先の事務所、出張先や車の中に加えて、打ち合わせや接待をするための飲食店、顧客の自宅、宴会の席も含まれます。
セクハラを扱う労働法としては「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」があります。指針ではセクハラの具体例を示し、職場での性的言動に対する労働者の対応によって労働者が不利益を被ったり、職場環境が害されたりすることを避けるために事業主が配慮すべきことを定めています。
07年4月からは男性に対するセクハラも禁止されています。
既婚女性は未婚女性よりも、男性に対するセクハラに鈍感であることが多いともいわれているので、加害者にならないようにすることにも注意が必要です。
|
性的な言動とは
性的な言動とは性的な内容の発言や性的な行動のことをいいます。性的な内容の発言とは性的な事実を尋ねることや性的な内容の情報をわざと流すことをいいます。性的な行動とは性的な関係を強要すること、必要なく体にさわること、ワイセツな図画を配布すること、性的な冗談を言ったり、からかったりすること、食事やデートにしつこく誘うこと、性的な事実関係を尋ねることなどをいいます。
対価型セクハラ(セクシュアルハラスメント)とは
職場でパート主婦がいやがるような性的な言動への対応によって、そのパート主婦が解雇・降格・減給・配置転換など労働条件での不利益な扱いを受けることをいい、報復型とも呼ばれています。パート主婦の解雇や配置転換などの法律行為は無効になります。また、報復方法として賃金差別やいじめが行われた場合は、それが違法であれば不法行為として損害賠償の対象となります。指針には以下のような具体例が示されています。
@会社で事業主が労働者に性的な関係を要求したが、拒否されたのでこの労働者を解雇した。
A出張中の車中で上司が労働者の腰や胸に触ったが、抵抗されたのでこの労働者を不利益な部署へ配置転換した。
B営業所で事業主が日頃から労働者に関する性的な発言をしていたが、抗議されたのでこの労働者を降格した。
|
環境型セクハラ(セクシュアルハラスメント)とは
職場で労働者がいやがるような性的な言動によって就業環境が不快なものとなり、労働者の就業意欲が低下したり、そのことで頭がいっぱいになって仕事に専念できなくなったりするなど、仕事をする上で支障がでることをいいます。環境型のセクハラは大きく4つに分かれます。
環境型セクハラの種類 |
行為の内容 |
発言型 |
労働者の性的な言動に関するうわさを流したり、女性に対して「おばはん」、「ばばあー」などと呼ぶこと |
ワイセツ行為型 |
人前でみだらなことをしたり、労働者が見られたくない部分を覗き込もうとしたりすること |
性的関係強要型 |
労働者に性交渉をせまること |
レイプ型 |
労働者を暴力で犯すこと |
指針には以下のような具体例が示されています。
@会社で事業主が労働者の腰や胸に触ったのでこの女性が苦痛に感じて就業意欲が低下している。 ( ワイセツ行為型 )
A同僚が取引先で労働者に関する性的な情報をわざと繰り返し流したために、この労働者が苦痛に感じて仕事が手につかない状態になっている。 ( 発言型
)
|
女性の被害
セクハラ行為が繰り返し行われ、毎日被害を受け続ける女性の中には、ひどい場合になると心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症することがあります。セクハラの反復行為が女性の心に深い傷となって残り、フラッシュバック、不眠、うつなどの症状に悩まされることになります。
また、そこまでいかなくとも、3つの被害を受ける可能性があります。性的な被害を受け、他の従業員に相談したことがきっかけで社内にうわさが広まってしまい、職場内で好奇の目にさらされ、非難を受けることもあります。そしてこのような状況に耐えられず、最終的には退職を強いられてしまいます。つまり、@性的被害を受ける、A就業環境が悪化する、B働く権利と収入源を奪われるという3つの被害を受けることになるのです。
セクハラへの対応策
セクハラを受けたとき ( 一般的に不快とされる行為かどうかではなく、あくまで自分が不快と感じたかどうかで判断する ) は、はっきりと拒絶しましょう。相手にセクハラ行為であるということを認識させなければなりません。また、拒絶した後も、相手が引き続きセクハラ行為に及ぶようであれば、そのときの記録をとっておきましょう。いつ、どこで、だれが、何を、どのようにしたか、そのとき自分はどのように感じたか、周囲に目撃者はいたかなどを細かくメモしておくと、後々会社のセクハラ相談窓口や各都道府県労働局の雇用均等室などに相談するときなどに役立ちます。
都道府県労働局所在地一覧 ( 厚生労働省HP )
ジェンダーとは
ジェンダーとは社会的文化的性別を意味します。身体の形のみで男女に分けることを生物的性別といいますが、そこから派生する「男らしさ」や「女らしさ」のイメージをつくり、社会や文化がすべての人間を男女に振り分けること、またそこから生まれる性別役割のことをいいます。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、性同一性障害、半陰陽や精巣をつくる遺伝子のない染色体を持つ男性、男性ホルモンの少ない男性や女性ホルモンの少ない女性、生まれつき子宮がない女性など、生物的性別が必ずしも男女にきっちりと分別できるわけではないのに、社会的性別によって無理やり二分化することで弊害が起きています。そして現代社会が「男性が主、女性が従」の性別秩序体制を維持し、その維持のために性別役割が存在することが明らかになっています。
ジェンダーハラスメントとは
ジェンダーハラスメントとは男女の社会的な役割分担意識に基づく行動や発言のことをいいます。職場でいうと、たとえば、お茶くみやコピーとり、社内の掃除、トイレ掃除、タバコを買ってくるなどのおつかいを女性の仕事としたり、女性に向かって「女のくせに」などと言ったりすることをいいます。この背景には「男性が基幹的業務をし、女性が補助的業務をする」という職務上の性差別があります。
( 女性が女性に対して「早く帰ってあげないとご主人やお子さんがかわいそう」などと言うのも性差別発言になります。 ) 一般的にジェンダーハラスメントはセクシュアルハラスメントの土台になる部分であるため、ジェンダーハラスメントが存在する職場ではとくにセクシュアルハラスメントが起きやすいとされています。
性に関するダブルスタンダードとは
ダブルスタンダードとは2重基準という意味です。つまり、男性と女性で性に関することに対してそれぞれ別の基準が存在することをいいます。たとえば、男性は性的に多少オープンな面があっても仕事ができればそれでよし、むしろ性的にオープンなことがプラスにとらえられることさえあります。
しかし女性の場合、同じように性的にオープンな面があったとしたら、いくら仕事ができたとしても、多くの場合その女性の評価は下がってしまいます。女性は仕事ができるできない以前に性的に控えめでなくてはならないという暗黙の社会通念があるためです。この暗黙の性的社会通念を「性に関するダブルスタンダード」といいますが、これは男らしさや女らしさを求め、「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という性別役割を押しつける考え方が基になっていて、とくに男性管理職層の意識に深く根付いているといわれています。「女のくせにでしゃばりやがって」とか、「男のくせにメソメソするな」といった発言は、その人の頭の中で性別役割の考え方が無意識に働いている証拠です。
対価型、環境型のセクハラを未然に防止するために、改正男女雇用機会均等法第11条2項に基づく指針では、事業主がセクハラ相談に応じたりすることや必要な体制の整備を義務付けるなど、以下のような措置を講じなければならないとしています。このような措置が講じられず、是正指導にも応じない場合は、企業名公表の対象となります。また、セクハラに関する紛争が生じたときは、関係当事者(事業主および男女労働者)から労働局雇用均等室に対して、その解決を図るための調停を申し出ることができます。
事業主の義務
A…事業主はセクハラ対策の方針を明確化し、その周知啓発をしなければならない。(「方針を明確化し、労働者に周知する」または、「方針を定めて労働者に周知する」)
B…労働者からの苦情や相談に応じ、適切に対応できる体制を整えなければならない。(「相談窓口をあらかじめ定めておく」、「相談窓口の担当者が適切に対応できるようにする」)
C…職場でのセクハラに対して迅速かつ適切な対応をとらなければならない。(「問題の事実関係を迅速・正確に確認する」、「適正な措置をとる」、「再発防止の措置をとる」)
D…A〜Cの措置とあわせて一定の措置を行わなければならない。(「相談者と行為者のプライバシー保護のための措置をとる」、「不利益な取り扱いを禁止する旨を定め、労働者に周知啓発の措置をとる」)
|
A-1…方針を明確化し、労働者に周知・啓発している例
@ 就業規則などの服務規律を定めた文書において、職場でのセクハラを禁止する方針を規定し、職場のセクハラの内容と併せて労働者に周知・啓発する。
A 社内報、パンフレット、社内ホームページなどの広報または啓発のための資料に職場でのセクハラの内容と職場でセクハラを禁止する方針を記載し、配布する。
B 職場でのセクハラの内容と職場でセクハラを禁止する方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習を実施する。
A-2…方針を定め、労働者に周知・啓発している例
@ 就業規則などの服務規律を定めた文書において、職場でのセクハラに当たる性的な言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発する。
A 職場でのセクハラに当たる性的な言動を行った者は、就業規則などの服務規律を定めた文書において定められている懲戒規定の適用の対象となることを明確化し、労働者に周知・啓発する。
B-1…相談窓口をあらかじめ定めている例
@ 相談に対応する担当者をあらかじめ定める。
A 相談に対応するための制度を設ける。
B 外部機関に相談への対応を委託する。
B-2…相談窓口の担当者が適切に対応することができるようにしている例
@ 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みをつくる。
A 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、あらかじめ作成したマニュアルに基づき対応する。
C-1…事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認している例
@ 相談窓口の担当者、人事部門、専門委員会などが相談者と行為者の双方から事実関係を確認する。また、相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないときは、第三者からも事実関係を聴取する。
A 事実関係を迅速・正確に確認しようとしたが、確認が困難な場合に調停の申請を行ったり中立な第三者機関に紛争処理を委ねる。
C-2…適正な措置をとっている例
@ 就業規則など服務規律を定めた文書におけるセクハラ規定に基づき、行為者に対して必要な懲戒措置をとる。さらにその内容や状況に応じて被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復などの措置をとる。
A 調停や中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置をとる。
C-3…再発防止に向けた措置を講じている例
@ 職場でセクハラを禁止する方針および職場でセクハラを行った者について厳正に対処する旨の方針を、社内報、パンフレット、社内ホームページなどの広報または啓発のための資料に改めて掲載し、配布する。
A 労働者に対して職場でのセクハラに関する意識を啓発するための研修、講習を改めて実施する。
D-1…相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じている例
@ 相談者・行為者などのプライバシー保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、このマニュアルに基づいて対応する。
A 相談者・行為者などのプライバシー保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行う。
B 相談窓口では相談者・行為者などのプライバシー保護のために必要な措置をとっていることを、社内報、パンフレット、社内ホームページなどの広報または啓発のための資料などに掲載し、配布する。
D-2…不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者にその周知・啓発することについて措置を講じている例
@ 就業規則など職務規律を定めた文書において、労働者が職場でのセクハラに関して相談したこと、または事実関係の確認に協力したことなどを理由として、この労働者が解雇をはじめとする不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・啓発をする。
A 社内報、パンフレット、社内ホームページなど広報または啓発のための資料に、労働者が職場でのセクハラに関する相談をしたこと、または事実関係の確認に協力したことなどを理由として、この労働者が解雇をはじめとする不利益な取扱いをされない旨を記載し、労働者に配布する。
使用者の責任
セクハラが違法な行為と判断されれば、被害者は加害者に慰謝料を請求できますが、これに加えて、加害者を雇用している使用者も損害賠償を支払う義務が生じる場合があります。これは民法715条で規定されている「使用者責任」に基づくものです。ただし、使用者自身の責任ではなく、あくまで代理責任であるという考え方なので、加害者が従業員以外の者である場合は適用されません。
加害者が第三者である場合は民法415条の「使用者の債務不履行責任」が問われることになります。具体的には職場環境整備義務または職場環境調整義務に違反するかどうか判断されることになります。職場環境整備義務とは、使用者はセクハラが起きないような職場環境をつくる義務があり、万が一発生した場合は被害者救済を目的として問題の解決を図るようにしなければならないことをいいます。この中には被害者がセクハラを受けたことで会社に居づらくなり、退職を余儀なくされることを避ける義務
( 退職回避義務 ) が含まれているとした判例もあります。
失業した場合、一定の条件を満たせば雇用保険の基本手当として公共職業安定所(ハローワーク)で給付を受けることができますが、セクハラを受けたことでやむなく離職することになった場合も増加された給付を受け取れる可能性があります。長い不況の影響で企業の倒産やリストラが横行し、それにともなって倒産や解雇等による離職者 ( 特定受給資格者 ) に対する給付が加えられることになりました。
じつはこの特定受給資格者の中には「事業主またはこの事業主に雇用される労働者から就業環境が著しく害されるような言動を受けたこと」が理由となる離職者も含まれています。具体的には「上司、同僚からの排斥または著しい冷遇もしくは嫌がらせを受けたことによって退職した者」
( いじめやセクハラによる離職者 ) ということです。
|